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横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)366号 判決 1973年10月29日

原告

佐々木理子

被告

横浜市

主文

被告は原告に対して金一、八五七、九二四円及び内金一、六五七、九二四円については昭和四三年六月一二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告のその余は被告の各負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金八、四六七、〇〇〇円及びこれに対する昭和四三年六月一二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一  原告は、次の交通事故によつて傷害を被つた。

1  日時 昭和四三年六月一二日一二時四〇分頃

2  場所 横浜市西区南幸町一丁目四番地(横浜駅西口)

3  加害車(被告車という) 横浜市所有のトロリーバス一〇八号

4  運転者 被告横浜市職員訴外小林

5  被害者 原告

6  事故状況 右日時、場所において、原告が同乗していた被告車が小型トラツクに追突した際原告が座席から投出され受傷した。

7  病名 ムチ打傷

8  後遺障害

(一)  昭和四四年一〇月三一日小関外科診断 頸部ムチ打症

第六―七頸椎間前屈僅かに脱臼、第一、二胸椎間腔縮少、右身体は左に比し冷感常にあり夏でも冬の服装、自律神経失調著るしい、右肩こり頂部痛右腰痛完全消失せず、疲労天気により症状増悪、上下肢へ放散痛あり、味覚嗅覚障碍、脱肛(右側のみ)、左握力二三(第三回事故後右握力なし)、月経は受傷前三―四日規則正しいが、現在一〇―一四日間持続しやや規則正しい(但し昭和四四年七月妊娠中絶を行う一二級一二号)

(二)  昭和四五年一月三〇日高山医院診断 頸腕症候群

右後頭部に著るしい頭痛、頭重、肩こり、右上肢シビレ感を伴う脱力持続―(握力右一二左二七)、時に右上肢全般に亘る筋萎縮を認め著るしい疼痛を伴う。×線上第六、七頸椎変形、椎間孔変形を認め、脳波は左右差著るしく左頭頂、後頭部に鋭波出没左側頭平坦化等軽度なるも異常を認め、相当長期に亘る加療を要する。

二  帰責事由

1  根拠法令 商法第五九〇条

2  被告は旅客運送事業を営み、被告車も右事業のため使用しているものであり、原告はその主張の日時場所において被告車に旅客として乗車しているとき小型トラツクに追突した際、原告が座席から投出され受傷したものである。

よつて、被告は前条により自己または使用人である訴外小林の無過失を証明せざる限り原告が本件交通事故により受けた損害の賠償をなす責任がある。

三  損害

1  休業損 金一、〇三五、〇〇〇円

原告は有限会社佐々木食肉店の職員として、本件交通事故前月額金三〇、〇〇〇円の収入を得ていた。事故後昭和四四年三月より昇給の上復職(なお治療中であつた)し、月額金六〇、〇〇〇円を同年一一月まで得たが、身体の具合が悪くなり同年一二月より休職し治療を継続して現在に至つている。(小関医院では同年一〇月三一日をもつて後遺症固定により一応は治ゆとされたものである。)

(一)  昭和四三年度は、六月二一日以降一二月三一日まで六・五ケ月分強の休業により金一九五、〇〇〇円(端数切捨)の損害を被つた。

(二)  昭和四四年度は、一月より二月までの二ケ月分金六〇、〇〇〇円及び一二月分の金六〇、〇〇〇円合計金一二〇、〇〇〇円の損害を被つた。

(三)  昭和四五年度は、一月より一二月まで一二ケ月分金七二〇、〇〇〇円の損害を被つた。

2  労働能力喪失による損害 金四、七八二、〇〇〇円

原告の労働能力喪失率を金額で表わすと一ケ月金二五、〇〇〇円、年額金三〇〇、〇〇〇円を下らない。原告は昭和一〇年七月生れであるから、六〇才まで二五年間稼働できるので金四、七八二、〇〇〇円がその損害となる。

金300,000円×15.94=金4,782,000円

3  慰藉料 金二、〇〇〇、〇〇〇円

(一)  小関外科

入院 昭和四三年六月一二日より同年一二月三〇日まで二〇二日

通院 昭和四三年一二月三一日より同四四年一〇月三一日まで三〇五日(実日数二六日)

(二)  長生館療院

マツサージ 昭和四四年三月二四日より同年九月まで(実日数六五日)

(三)  高山医院

通院 昭和四四年一一月二四日より同四五年六月一五日まで二〇四日(実日数一〇一日)であるが、昭和四五年七月以降も同様に二日に一度の割合でなお現在も通院しており、将来もこれを継続しなければならない。

また、マツサージも月四乃至五回継続している。昭和四四年一一月以降は健康保険に切替えたが、医療費は一ケ月約金四乃至五、〇〇〇円、マツサージ代は一ケ月約金二、〇〇〇円かかつている。とにかく現在治療の見とおしは立たず、この状態を一生続けなければならないかも知れない。

4  弁護士費用は、金六五〇、〇〇〇円が相当である。

四  よつて、原告は被告に対し金八、四六七、〇〇〇円及びこれに対する本件不法行為発生の日である昭和四三年六月一二日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだものである。

五  なお、原告の主張に反する被告の主張はすべて争う旨付陳した。

立証として、甲第一ないし一〇号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙号証の成立はいずれもこれを認める旨陳述した。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告の主張する請求原因事実中、その主張の日時、場所において被告が旅客運送事業を営み被告車を運行していたことは認めるが、その余はすべて争うと述べ、その主張として次のとおり陳述した。

一  因果関係の不存在

本件事故発生の現場は、横浜駅西口であるため、通行車両が多く、交通の渋滞する場所であるから、車両は速度を出して運転できないところである。その上、道路の屈曲の関係から、電力をとり入れる架線の曲りも大きく、角がついているため、速度を出して曲ろうとするとトロリーバスのポールが架線からはずれてしまい、これを復元するのに相当の手数と時間がかかるため、通常トロリーバスは極度に減速して通行している。当時、被告車は時速五粁で進行中、カーブを曲り切るところで、右後方から進行してきた小型トラツクが無謀にも被告車直前に進入してきたので、これとの衝突を避けるため停車措置を講じたが、間に合わず、コツンと軽く追突するに至つた。右の小型トラツクには、別に破損したところは認められなかつたが、被告車のボデイーに小指で押した位の凹ができたに過ぎない。

従つて、右追突による衝激は全くなかつたし、時速五粁の速度で進行中急停車しても、乗客にむち打ち症を負わせるような大きなシヨツクを与えるものではない。原告はそれまで二回にわたつて交通事故にあつており、むちうち症のため小関外科において治療中であつた。よつて、原告主張の損害は前二回の交通事故によるものであつて、被告車の運行と相当因果関係に立つものではない。

二  被告並に訴外小林の無過失

仮に、被告車の運行が原告のむちうち症の悪化に一条件を与えたとしても、被告並にその使用人である訴外小林は被告車の運行に関して注意を怠らなかつたから被告には責任がない。

すなわち、訴外小林は被告車を運転して本件現場にさしかかつた際、交通量も多く、信号機もなかつたので、左右の安全を確認するため本件現場のカーブを曲る手前で一旦停止した。そして安全を確認した上時速五粁で再び進行を始め、カーブを曲り切るところで被告車の右手後から自己の前車を追い越して進んできた小型トラツクが無謀にも被告車の直前に進入してきたのでこれとの衝突を避けるため停車措置を講じたのであるから、訴外小林には何らの過失もなく違法性もない。

三  仮に被告側に過失があるとしても、原告の主張する損害には前二回の交通事故によるものも含まれている。しかも被告車の運行が与えた損害は軽少である。よつて、被告が全面的に原告の損害を負担するいわれはない。〔証拠関係略〕

理由

一  原告主張の日時場所において被告が旅客運送事業を営み、被告車を運行していたことは当事者間に争いがない。

二  〔証拠略〕によると、原告が、右被告車に乗客として乗車していたところ、急停車の反動によつて頸部鞭打ち症の傷害を被つたことが認められる。

三  被告は、訴外小林の無過失を主張するが、これにそう証人小林晧の証言は信用できないしその他これを立証するに足る証拠もない。

すなわち、トロリーバスの運転者は、緊急止むを得ない場合を除いては、なるべく急停車措置を避け、以て旅客を安全に運送する職責を負うものであるから、特に通行車両が輻輳し、進路前方に左右から車両が進入してきて混雑を極める場所を左折しようとするときは、進路前方の至近距離に車両が停車することも当然に予想されるところであるから、左右の車両の動静を注視し、急停車の措置をとらなくても直ちに停止しうる速度で慎重に左折し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものというべきである。

従つて、被告は、その主張する小型トラツクがどのような進路をとおつて被告車の進路前方に停止したものであるか、小型トラツクが横浜市営バスを追越した地点、訴外小林は何時頃から小型トラツクを発見できたのか、訴外小林が被告車の左折を中断し停車しなかつた理由、左折を終つた途端に急停車の措置をとらざるを得なかつた事情、被告車の急停車の反動が、通常の運転に随伴するもので、異常のものでないこと、乗客に異常なシヨツクを与える程度のものでない科学的、実験的根拠等を証明しない限り、運送に関して注意を怠らなかつたことを証明したことにならないから、被告は原告の損害を賠償する責任を免れることはできない。

四  損害

1  休業損

〔証拠略〕によると、原告は有限会社佐々木食肉店の職員として、本件交通事故前月額三〇、〇〇〇円の収入を得ていたところ、本件交通事故による受傷のため昭和四三年六月一三日以降同四四年二月末日まで約八・五ケ月休業を余儀なくされたことが認められる。すると、休業損の合計額は金二五五、〇〇〇円となる。

2  労働能力喪失による損害

〔証拠略〕によると、原告は昭和四四年三月以来月額金六〇、〇〇〇円の収入を得るようになつたこと、原告の後遺障害は労働者災害補償保険級別一二級一二号に該当するものと認められることが認定できる。

よつて、原告の労働能力喪失率を一四パーセント、補償期間を昭和四四年三月一日から六年間、六年間に対応するホフマン式係数を五・一三三として現価を算出すると金五一七、四〇六円(円以下切捨)となる。

金60,000円×12×0.14×5.133=金517,406円(円以下切捨)

3  慰藉料

本件交通事故の原因、態様、負傷の部位程度、治療経過、後遺障害、後遺症に対する投薬、注射、処置等その他諸般の事情を斟酌すると、原告に対する慰藉料の額は金一、三〇〇、〇〇〇円が相当である。

4  先行事故と本件事故の寄与度

〔証拠略〕によると、原告は昭和四二年一〇月三日、同四三年一月一七日の二回にわたつて交通事故に遭遇し、ともに頸部鞭打ち症の傷害を被り、小関外科医院で治療を受けていたこと。

本件交通事故の発生前は、原告は、右の肩こり、めまい、右上肢のしびれ感を残していたが、その症状は軽減し割合に安定した状態にあつたこと、そして、暫くすれば治ゆするというほどでないにしても、相当期間療養を続ければ治ゆする見透しが立つほどになつていたこと、ところが、本件交通事故によつて、特に原告の右半身の指と腕にけいれんを認めるようになり、右手の握力はなくなり、指は船底形に曲り、スプーンを指の間にはさむことも出来ない症状となつた。そして、治療の末、原告主張のような後遺障害を残すに至つたことが認められる。

右認定事実によると、本件損害の発生原因は、ひとり本件事故にのみよるものではなく、二回にわたる先行事故による同種の受傷もまた右損害の発生に寄与しているのである。そして、右認定事実と弁論の全趣旨からすると、先行事故と本件事故の本件損害に対する寄与度の比率は二割対八割と解するのが相当である。

しかして、右1ないし3の損害の合計額は金二、〇七二、四〇六円となるから、その二割を控除すると残額は金一、六五七、九二四円(円以下切捨)となる。

5  弁護士費用

本件事案の難易度、訴訟経過、訴訟活動その他本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すると弁護士費用は金二〇〇、〇〇〇円が相当である。

五  以上によつて、被告は原告に対して金一、八五七、九二四円及び弁護士費用を除いた内金一、六五七、九二四円については、本件不法行為発生の日である昭和四三年六月一二日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。そうすると、原告の本訴請求は右の限度でこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

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